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2007年4月

水郷村テーマパーク、鳥鎮(第6日)

 バスで水郷古村の鳥鎮(ウジェン)へ向かった。ちょっと怪しい雰囲気の場所でバスを降りると人力タクシーが群がってくる。どうせ乗るほどの距離ではないだろうと「不要(ブヤオ)、「不要(ブヤオ)。」と振り払うが、何台か付いてきて「どこ行くんだ?」とうっとうしい。無視して歩き続けると案の定すぐに目的地に着いた。やっぱり「こんな短い距離を乗せて金とるつもりだったのか。」とあきれる。そこは古鎮(古村)の入口だが、予想とかなり違う景色だった。完全に遊園地の入口になっている。チケットもいくつも並んだ窓口で販売している。中国の商業化の波は僕の想像をはるかに超えていた。2003年版の本に30RMBと書いてあった入場料も今は150RMBもする。これは東西2つの街(東柵、西柵と呼ぶ)の共通券で、ばらばらに買うと210RMBになる。

 先ず東街に入るとそこは拡声器を持ったガイドに連れられる団体ツアーでごったがえしていた。団体ツアーが通り過ぎるタイミングを見計らいながら歩き進まなくてはならない。一緒になると人数と音量が物凄くて落着いて観光なんてできたものではない。建物も土産物屋、レストラン、展示博物館といった観光客相手のものしかない。上海近郊の周荘と同じで観光開発が進みすぎて村の生活の様子を知るすべもない。自分自身もその観光の波に乗ってのこのこやって来た一人なので批判する資格は無いのだが・・・。

East10East01 次に連絡バスに乗って西街へ入る。立派な入口施設を抜けると突如川の向こうに美しい古鎮が広がる。そこから皆ボートで古鎮へ渡ることとなる、なかなかの演出だ。東柵と違って騒がしい団体ツアーも見かけず人口密度がとても低い。 静かだ、というより人の気配があまりなくて淋しい。実はここは3年前になんと街から全ての住人を追い出し、きれいに改修して3月にオープンしたばかりだそうだ。工事が間に合っておらず、未開店施設も多数あるため閑散としている。古い街並みを残すためには住人に任せていてはダメだという判断なのだろうか。街をそのまま博物館化してしまうという世界でも例のない試み。自然に任せて街並みがどんどん崩れていく京都などをみると学術的にはもしかすると非常に有効な手段なのかもしれない。しかし街を空っぽにするなんてことを実現できる国がかつてあっただろうか。このとてつもない観光開発に今の中国らしさを感じてちょっと背筋が寒くなる。ただ街並みは本当に美しい、これだけ完全な形で保存されている古鎮は他に無いだろう。東柵と比べると一つ一つの建物の規模も大きく立派だ。水路のとりかた、建物、通路や橋の配置がとてもよく考えられて有機的だ。東柵は居住区で、西柵は旅館、茶館、レストランがひしめく商業区だったのだろう。かつて宿場町か何かでかなり活況を呈していたことが想像できる。3年前まで営業していたという郵便局などは明るくモダンなホールがすばらしい。実際に営業している頃に訪れてみたかった。街はとにかく広い、歩いていると道に迷ってしまう。人々の日常生活から切り離されてしまった街というのはやっぱり味気ない。しかし、割り切ってテーマパークに来たと思えば楽しい場所かもしれない。街の中を皆で清の頃の衣装で歩くなんてことにしたらきっと楽しい。

West03 West12 West16 West19 案内所で宿泊施設の値段を訪ねるとホテルが大体一泊千数百RMB、一番安いところでも580RMBだそうだ、耳を疑った。予算オーバー、ここには泊まれない。西街の多くの建物は高級ホテルやバーなどに改装されていた。夕方バス亭で教えられたままマイクロバスに乗り込んで次の目的地南潯(ナンシュン)へ向かった。

昼食                             56

バス                        34×2=68

鳥鎮入場料               150×2=300

夕食                            64

宿泊費/日                       150

計                          638RMB (=9570円)

土産物通り-河坊街(第5日)

 杭州最終日は六和塔(ろくわとう)へ行った後は宋代を復元した土産物通り河坊街(フーファンジエ)で過ごした。大したところではないが映画村の宋城より100倍良い雰囲気。買物に全く興味のない僕はただ妻の後を着いていくだけ。土産物屋街などへ行くとどうしても金魚の糞のような状態になってしまう。妻の方は有名な杭州シルクを買おうと何件か店を覗いてみたがめぼしいものがなかったようだ。その他、瑠璃ガラスのアクセサリーに心引かれていたようだが、産地シンセンという表示を見て買うのを思いとどまった。うーん偉い偉い、無駄遣いはしないにこしたことはない。各地の料理が並ぶ屋台街でゲテモノ串屋を発見。ムカデや色々な幼虫や蜘蛛などが串にささって並んでいる・・・うっちょっとキツイが写真だけ撮っておこう。

Hefangst01 Hefangst02

今回宿泊はほぼ全てe龍(イーロン)旅行網(eLong.com)という中国の会社を通してネットで予約している。シートリップ(ctrip.com)と並んで航空券やホテル予約ネットワークの中国2大大手。直接予約するよりかなり安い。よく駅・空港・フェリーターミナルなどで冊子と会員カードを配っているが、怪しいので以前はもらってもすぐに捨てていた。今回の旅行で初めて使ってみたが、かなりシステマティックにできており、便利なことが分かった。対応も早く、ネットで予約すると大抵数分で予約確認のメールが携帯に入る。ネット上でホテルの写真や利用者の意見・評価も見ることができる。

前半2泊は華僑(フアチアオ)飯店に438RMB/日で泊まった。ホテル正面に大きな木が植えてあり、せっかく湖に面した部屋にしたのに意味がなかった。フロントの対応が今ひとつだったこともあり延泊するのを止めた。中国人で溢れて席を見つけるのも大変な朝食バイキングは僕らでも気後れした。途方にくれた西洋人家族は気の毒だった。湖に面さない部屋はもう少し安いので場所を考慮すると悪くないホテルだろう。

後半2泊は華辰(フアジェン)国際飯店に380RMB/日で泊まった。これは街の中心に位置する典型的なビジネスホテルで可も無く不可も無くといった感じ。ただ、ここも非常に便利な場所なので割安なホテルだと思う。

六和塔                   30×2=60

昼食                           10

バス                           16

フェリー                   45×2=90

夕食                           30

コーヒー                        14.5

地図                           6

宿泊費/日                      380

計                         607RMB (=9105円)

のどかな風景、龍井の茶畑(第4日)

 杭州(ハンジョウ)郊外に宋城という宋の時代を復元した映画村がある。以前見た時代劇テレビドラマの撮影が行われた場所ということで朝一バスに乗り込み向かった。妻が一時期金庸(ジンヨン)原作の時代劇TVドラマにはまり、よく一緒にDVDを見ていた。金庸は中国の人気作家で、日本でいう司馬遼太郎の存在にちょっと近いかもしれない。金庸の小説は基本的に時代劇武侠ストーリーで歴史上の人物を織り交ぜながらのフィクション。彼の原作は中国や香港で何度も映画化やドラマ化されている。妻は一度はまるとかなりの凝り性で我が家には現在金庸原作のTVドラマのDVDが5本、原作小説が26冊ある。ドラマは一本40話くらいあるのだが、妻はDVDを最低2度はそれぞれ見ている。ちなみに我が家にあるのは「天龍八部(ティエンロンバーブー)」「神雕侠侶(シェンディアオシアリュウ」「射雕英雄傳(シェンディアオインシオンジュアン)」「倚天屠龍記(イーティエントゥーロンジー)」「笑傲江湖(シアオアオジアンフー)」。80RMB/人の入場料を払って入ってみると中は子供ばかり、というかちょろいテーマパークで子供だまし。太秦映画村のように撮影風景のアトラクションがあるわけでもなく見るべきところも無く、公園内を30分で一周してしまった。あまりにもつまらなく本当に30分で出てきてしまった。もともと乗り気でなかったが妻がどうしても来たいということだったため、僕は「30分で160元は高いんじゃないのー。」「こんな遠くまで来たのに・・・。」とブツブツ文句を言う。さすがの妻も予想を超えたつまらなさに唖然。 Longjing03_2 Longjing07_2  杭州といえば緑茶の西湖龍井(シーフーロンジン)が有名。バスで来る途中にたまたま西湖龍井が採れる村を通ったので引き返してそこへ行ってみることにした。山裾に茶畑が広がる田園風景はとても気持ちが良く、つい深呼吸をしたくなる。日本の茶畑と全く同じ景色でなんだかなつかしい感じ。歩きながら雰囲気の一番良さそうな店に入った。2階の眺めの良い席に付くとすぐにお茶とひまわりの種が出てきた。龍井茶(ロンジンチャ)をすすりながらこの田園風景、うーん実に良い時間を過ごしている。茶畑をカメラに収めて街に戻った。

 夕方に西湖(シーフー)の西岸のおしゃれな喫茶やバーなどが集まった一角でお茶をした。喫茶店のテラス席では外国人がコーヒー片手にコンピューターを使う姿がちらほら。杭州(シーフー)は留学生なども多いのだろうか?外国人にとっても住みやすいのだろう。中心地はかなり都会だが、西湖を始め自然環境にも恵まれており、空気もきれいだ。帰国を決意した僕だが「この街なら住むのも悪くない。」なんてことを考えたりしていた。地元名産の「叫化鶏(ジアオフアジー)」という鳥肉料理を食べるためにホテルでどこかいいレストランがないか聞いてみた。教えてくれた店に行ってみるとかなり大規模でたくさんの家族連れが溢れていた。美味しいだけでなく値段も安かった。地元の人に聞いて正解だった。

宋城入場料             80×2=160

昼食                        55

水                         1.5

バス                        18

フェリー                45×2=90

夕食                        97

コーヒー&ビール                 67

宿泊費/日                   380

計                        869RMB(=13035円)

西湖はうわさ通り美しい(第3日)

 杭州(ハンジョウ)といえば美しい西湖(シーフー)で有名、中国人にも人気の観光スポット。西湖は春秋時代の美女西施(せいし)にちなんで名づけられたと言われている。西施は越王「勾践」(えつおう こうせん)が呉王「夫差」(ごおう ふさ)に献上した美女で、夫差は西施の色に溺れて国を傾けたそうだ。「臥薪嘗胆」のドラマでも何とか西施の気を引こうと頑張る夫差の姿が描かれている。

とりあえず西湖を満喫すべく一周することにした。周回する方法は3つある、②レンタサイクル③カート④徒歩+市バス。自分たちのペースで回れる徒歩を基本とすることに決定、やっぱり金がかからないから歩くのが一番。結果的に徒歩にして良かった。自転車もカートも通ることができるルートが決まっており、湖畔を自由に行かれるのは徒歩だけ。眺めが美しいとされるポイントが多数あり、それらを辿りながら歩き始めた。西湖はうわさに違わずとても美しい湖。柳の並木がよく合い湖畔の散歩はとても気持ちが良い。地球の歩き方にも出ている西令印社という判子屋さんから眺めた西湖は特に素晴らしかった。

 お昼は西湖の近くの動物園内にある「山外山(シャンワイシャン)」というレストランで地元名産の西湖エビや東坡肉(ドンポウロウ)などを食べた。シンセンで大きなエビを食べ慣れている僕らにとって西湖エビは小ぶりで物足りなかった。北宋の詩人蘇東坡(そとうぼ)が県令だった頃、西湖に堤(蘇堤)を築く際に労働者を労ってふるまったとされる料理が東坡肉(ドンポウロウ)。豚の角煮のような料理で、見た目の脂身のわりにしつこく無くて非常に美味しい。地元のビールは水っぽく今ひとつだが、料理の味は全体的に上品で美味しい。屋外テラス席が気持ちよくなかなかのレストラン。

  “双峰挿雲”というスポットを一所懸命探したのだが見つからない。しょうがなく東屋でたむろっている地元のひとに聞いてみた。すると、今は木が生い茂って昔見えたその景色は見られないそうだ。地球の歩き方にも「・・・山水画のような景色が楽しめる」と記載がある。さては地元のガイドの中国文をそのまま訳しただけで確かめていないのだろう。

 結局一度もバスに乗らず西湖一周歩ききった。夕日が美しい湖畔を眺めながら達成感に浸った。地元民も観光客も自由に湖畔を歩いて景色を堪能できる西湖はとても素晴らしいところだと後で気づくことになる。中国では観光スポットになりそうな名所旧跡を塀で囲って「・・・風景区」と銘打って高い入場料をとるケースが多い。更に入場料をとる正当性のためかその中に不必要な施設を建ててせっかくの雰囲気まで壊すことがよくある。

Xihu01_2 Xihu05_4

事前に2泊分だけホテルをとっていたが、杭州に何泊するかは決めていなかった。「4泊位しようか。」ということになり明日からの2泊分の部屋を探すことにした。適当な4つ星ホテルに入りビジネスセンターでパソコンを借りて安めの250RMB/泊のホテルをネット予約。念のためそのホテルを見に行ってみると、通りもホテル自体の雰囲気も怪しく、妻がブルーになる。電話で予約をキャンセル。やはり実際の目で確かめねばとホテルを探して街中を歩いた。最後にまた別のホテルのビジネスセンターでネット予約をして完了。ネット検索を含めてホテル予約に関わることは全て妻が担当。4時間くらい費やしただろうか、こだわりの執念を感じる。

昼食                       152

アイスキャンディー                 5

コーヒー                      40

インターネット                   30

夕食                        48

宿泊費/日                   438

計                      713RMB(=10695円)

越国、紹興(第2日)

 紹興といえば①魯迅ゆかりの地②紹興酒の産地ということがまず思い浮かぶ。紹興の観光スポットもそれらがメインだ。しかし、魯迅も紹興酒も僕らには興味がない。僕らの興味はというと紹興が春秋時代の越国(えつこく)だったということ。というのも正月に放映していた連続テレビドラマ「臥薪嘗胆(ウォーシンチャンダン)」(日本でいう大河ドラマ)に夫婦してはまっていたからだ。これは文字通り臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の成語のもとになったできごと、すなわち10年以上に渡り辛苦をなめた越王「勾践」(えつおう こうせん)が呉王「夫差」(ごおう ふさ)を討つまでの話。セットや衣装が華やかで勾践役の陳道明(チェンダオミン)の演技が特にすばらしい。紀元前4-5百年頃の話なので日本で言うと縄文末期にあたるのだからこの文明差に驚きだ。

Yuewangtai03 Yuewangtai06  僕らは朝一小雨の降るなか越国遺址へと向かった。そこには中国人の観光客すらほとんどいない。僕ら以外には一組見かけただけだ。別段大した場所ではない。小さな山の中にいくつか施設があり、簡単な越の歴史を説明してあるだけだが、興味深く読み進んだ。ただ、山の頂上から見下ろす街の景色はなかなかのものだった。「会稽(かいけい)の恥をすすぐ」の会稽山らしき山も写真に納めて下山、最後に越国の参謀“文種(ウェンジョン)”の墓にお参りして越国遺址を後にした。建築的にはろくな施設はなかったが結構満足していることに気が付く。ひとは背後に歴史、物語があるというだけで興味を引かれる。逆に言うと歴史や物語が無ければどんなに美しい施設つくっても誰も振り向かない。

Shaoxing26 Shaoxing29

その後は水郷の街を堪能すべく良さそうな通りを求めて歩き回った。自然なかたちというか建て替える資金が無いおかげで昔の街並みが今も日常として残っている感じだ。水路で洗濯や皿洗いをする女性や小船を漕ぐ男性といった光景を普通に見かける。八百屋、果物屋、金物屋、不動産屋・・・色々な店が軒を並べる古い商店街も地元の日常として立派に機能している。不動産屋の部屋の売り買い情報を黒板に記載しているのはなかなか合理的かつ趣がある。風情のある美しい街並みに心動かされっぱなしだ。途中周恩来(しゅうおんらい)旧居を訪れたが、さすが国民的政治家今でも人気が衰えていない。次から次へと観光バスがやって来る。杭州のホテルも予約済みだったので一泊しかしなかったが、2-3泊予定に入れておけば良かったと少し後悔しつつ長距離バスに乗り込んだ。

越国遺址入場料            8×2人=16

昼食                          15

周恩来故居入場料          18×2人=36

バス(紹興→杭州)          23×2人=46

杭州市内バス                     4

杭州市内地図                     4

夕食                          72

コーヒー                        45

宿泊費/日                     438

計                        676RMB(=10140円)

紹興へ(第1日)

 家の向かいの電気量販店の階段下に店を構えた航空チケット屋がある。「あんなスペースでもきちんと商売できるのだ」と勝手にそこに中国のたくましさをみて感心していた。そこでシンセン→杭州の片道航空券を購入した。思いのほか店員が親切でストレス無くことが済んだ。中国でストレス無く買物が済むことは幸せなこと。こちらで初めて見るEチケットを手にして「このチケットを空港カウンターで見せればいいの?」と何度も店員に尋ねた。「身分証明書を出すだけで良い。問題無い。」と言われるが一抹の不安を抱えながら帰宅した。中国に滞在経験のある方なら分かるだろうがこの「問題ない(没問題)。」という言葉に何度となく裏切られてきた。

 杭州空港は紹興市と杭州市の中間にあるため、先に紹興に寄ってみることにした。空港からバスで紹興市へ着くと、地球の歩き方の地図を頼りに妻が事前にネットで予約した宿へとてくてく向かった。なかなか水郷の街の良い雰囲気を漂わせている。今回の旅には2つの目的を設定していた。一つは江南地方の水郷の古鎮(古村)を巡ること、もう一つは蘇州の庭園を満喫すること。最初から趣のあるこの水郷の街の雰囲気に少し興奮気味。宿にもあまり迷わずに辿り着き、受付の人も親切でひと安心。宿は昔の屋敷を少し改装したもので中庭と各部屋の関係がとても心地よい。中庭では従業員が卓球を楽しんでいた。

Shaoxinghotel02Shaoxing01

 街を少しぶらついた後、夕食は友達に勧められた魯迅の小説で有名は“咸亨酒店”に行ってみた。食券を買ってセルフサービスの学食のようなシステム。どの皿も冷めており、ちょっと今ひとつに感じた。食後街のメインストリートの解放路をぶらつくとスターバックスを見つ け2人でお茶した。中国でもここ数年で驚く勢いでスターバックスが増えている。日本では人が多くて好きではないのだが、中国ではそこそこましな雰囲気の店内で安いコーヒーが飲めるので愛用している。いつものように小杯の本週珈琲12RMBを飲んだ。本週珈琲(Coffee of the week)を注文すると必ず店員が「大ですか中ですか?」と聞いてくる。「大ですか、中ですか、小ですか?」とは聞いてこない。スターバックスを見つけるとちょっと都会のような気がして不覚にも安心する。旅行第一日目としてはなかなか順調と言えるだろう。

タクシー(自宅→シンセン空港)             71

飛行機(シンセン→杭州)     890×2人= 1780

バス(杭州空港→紹興)       30×2人=   60

夕食     57

コーヒー                           49

ミネラルウォーター                     3

宿泊費/日                       210

計                         2230RMB (=33450円)

帰国前に旅行でも(第0日)

2007年春に妻と2人で気ままな中国旅行をした。結果的には学生時代以来の長期旅行となった。自分が忘れない目的もあって思い出しながら旅行記を記してみよう。

僕の中国との関わりは会社員をしていた頃CIMC R&D Center(新建築2003年12月号掲載)の設計&現場監理業務を担当したことに始まる。会社から中国シンセンに派遣されたのは僕一人だけということもあり、かなり自由にやっていた。このとき味わった自由が災いしたのかその2年後に会社を辞めて自由業の道を選んでしまった。当時磯崎アトリエのシンセン文化中心の現場担当者とは飲み(愚痴?)仲間だった。お互い中国人の中のたった一人の日本人設計者という立場で仕事をしていたためにとても話が合った。

CIMC R&D Centerが竣工して帰国する際、シンセン文化中心の現場を手伝わないかと誘われ、2003年9月に再びシンセンに戻ってきた。シンセン文化中心の現場をメインとしつつ個人での設計活動も行っていた。シンセン文化中心は将来磯崎さんの最高傑作の一つになるのではないかと勝手に思っている。ただこのプロジェクトはあまりにも工期が延びたため竣工を待たずに2006年で僕の契約は終わってしまった。僕個人のプロジェクトも一段落しそうだったこと、ある案件が途中でダメになり設計料を一銭も回収できなかった(手伝ってくれた皆さんゴメンナサイ!)ショックもあり、2006年の秋頃に「来年日本に引上げよう。」漠然と決心した。

会社員時代も合わせると5年も中国に滞在していたのにほとんど国内旅行をしていないことに気づき、帰国前に長期旅行をしようと妻と話していた。4月19日に用事が一段落したのでまず来週月曜日から3週間ほどでかけようということになった。シンセン文化中心音楽ホールの音響検査に立ち会うために5月中旬にもどって来る予定にしていた。もともとは「2-3週間の旅行を3回しようか!」なんて話していたのだが・・・夫婦して気ままな旅をそのまま63日間も続けてしまった。辿ったルートは以下。

シンセン→紹興(シャオシン)→杭州(ハンジョウ)→鳥鎮(ウージェン)→南潯(ナンシュン)→上海(シャンハイ)→蘇州(スージョウ)→西塘(シータン)→無錫(ウーシー)→南京(ナンジン)→開平(カイピン)→洛陽(ルオヤン)→西安(シーアン)→ラサ→北京(ベイジン)→シンセン

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