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2007.5.18 宝帯橋、木瀆(第24日)

 今日は蘇州(そしゅう、スージョウ)郊外にある古鎮(古村)木瀆(ムードゥー)へ友人奥さんと3人で出かけることにした。長距離バスで蘇州に着くと、木瀆へ行く前に宝帯橋(バオダイチアオ)と呼ばれる中国最長の石橋を見に行った。

Baodaiqiao02 幅4m、長さ317m、53の半円アーチが連なる端正で美しい石造アーチ橋。中央部が盛り上がって高くなっており、大舟はこの中央部アーチを、小舟は他のアーチをくぐる。北京と杭州を結ぶ人口運河としては世界最長を誇る京杭運河にかかる。唐代(618-907)の地方長官仲舒が寄付を募って、自らも腰に結んでいた家伝の宝帯をお金に代えて架けたことから宝帯橋と呼ばれる。その後、明代に再建されている。今でも貨物船が行き交い、そこにはゆっくりとした時間が流れている。昔から、そしていつまでも続いていくような風景がそこにある。街中から離れた少し不便な場所にあり、「これを見るぞ!」とはっきり目的を持って訪れると少しがっかりするかもしれない。ただし、息抜きがてらちょっと寄ってみるなら、良いところかもしれない。しばらくスローな時間と空間を味わった後、木瀆(ムードゥー)へ向かった。

木瀆は紹興、鳥鎮、南潯、西塘などと同様の江南地方の水郷村(古鎮)。明、清代には30以上の個人庭園があり、江南園林の都とも呼ばれる。 蘇州(そしゅう)南西の風光明媚な霊岩山(リンイェンシャン)の麓に位置する。2500年前呉王「夫差」(ごおう ふさ)が絶世の美女西施(せいし)を喜ばせるために霊岩山頂に館娃宮(グァンワーゴン)という離宮を建てた。木瀆中心に香渓(シァンシー)という川が流れているが、かつて西施が水浴びした水が流れ込み、それ以来ずっと良い香りが漂っていたと言う。香渓という名もそんな伝説からついた。

日本を含めどこの国でも女性が美人であるということは人生を大きく左右するが、中国ではその傾向が特に激しい気がする。また、そのことが公然としている。美人であるというだけで、貧しい境遇から頂点へ昇りつめたり、西施のように政治的に利用される例がいくつもある。孫子の兵法でも「美人の計」という戦術を述べている。北京オリンピック開会式の口パク問題などもそれを象徴している。

Mudu02 Mudu04 Mudu10 Mudu13 園林(庭園)自体は特にどうという印象はなかったが、建物が面白かった。3次元を自由につなぐような渡り廊下は、歩いていてとても楽しい。イラク出身の世界的女性建築家ザハ・ハディドの自由な造型に通じるものがある。園林全体のために工夫した結果、建築自体に面白みが生まれたというのが本当のところだろう。園林と建物は切っても切り離せない関係にあり、どちらかと言えば、建物は園林全体を成り立たせる構成要素の一つでしかない。従って園林は今ひとつだが、建物は良いという表現は本来おかしいのかもしれない。しかしながら、蘇州園林に比べると見劣りがした。他の地域ではあまり無かったと思うのだが、屋根面や妻壁に施された彫刻もかわいらしい。

 時間が足りず、2,3の施設しか見て廻れなかった。いつか蘇州あたりに来る機会があれば、また木瀆にも寄りたい。

市内バス           18

バス(無錫⇔蘇州)                 86

木瀆入場料            120

昼食                          29

夕食                         130

コーヒー                        53

タクシー                        84

計                       520RMB(=7800円)

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