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2007.5.20 明孝陵、中山陵(第26日)

 明朝の創始者朱元璋(しゅげんしょう ZhuYuanzhang)の陵墓、明孝陵(みんこうりょうMingXiaoling)を見に出かけた。明孝陵は孫文(そんぶん)の陵墓、中山陵(ちゅうざんりょう Zhongshanling)と共に市東側の紫金山(しきんざん)の南麓に位置する。ここは、鐘山風景名勝区と称する一大観光地となっており、連日大勢の人々が訪れる。

 朱元璋が眠る宝頂に登ることができる。明代の陵墓では最大規模だそうだが、小ぶりな円形古墳で、木々が生い茂る小山といったところ。仁徳天皇陵のイメージのせいか、小ぶりに感じてしまう。

Mingxiaoling01 Mingxiaoling02  多くの建造物は戦火で焼かれてしまったが、当時25年の歳月をかけて造営されたそうだ。石像新道と呼ばれる1.8kmに及ぶ参道があり、両脇を獣と兵士の石像が守る。明代から残る貴重な彫像物だが、全体的にずんぐりむっくりしたかなりかわいい像だ。ちょっと朱元璋に対しても親しみを感じる。本来参道は一直線に続くものだが、ここは廻りこむ配置になっている。近くに三国時代の孫権(そんけん SunQuan)の墓があるのだが、朱元璋が孫権に敬意を払ったと言われている。

 朱元璋は貧農の出で、乞食坊主を経て、最後は皇帝にまで登りつめた。秀吉を凌ぐ出世ぶりは古今東西、歴史上最大ではないだろうか。朱元璋は農民、一般庶民に対しては善政をしいたが、かつての同志や官僚にとっては最悪の存在だった。李善長(りぜんちょう LiShanchang)、胡惟庸(こいよう HuWeiyong)、藍玉(らんぎょく LanYu)といった功臣をことごとく粛清した。これらの粛清により処刑された数は数万人にのぼるという。これは全て彼の生い立ちによる。つまり、農民の貧しさ、苦しさを身をもって知っているので、一般庶民に対しては心から同情した。一方、自分自身が下克上を実践してきたため、部下を完全に信頼することができなかったのかもしれない。部下を信頼できないため、権限という権限をどんどん自分自身、つまり皇帝に集めるように制度を変えていった。故に皇帝の執務量は想像を絶する膨大さとなった。事実、洪武帝(こうぶてい HongwuDi)は24時間働き続けたという。これは人並み外れた精力の持ち主である朱元璋だからできた芸当。 

また、生涯自分の生い立ちに劣等感を抱き続けた。このことは、「文字の獄」と呼ばれる悪名高い冗談のような知識人に対する大弾圧を引き起こした。「光」「禿」「僧」などの文字を使っただけで、洪武帝がかつて僧侶だったことをバカにしたとみなして殺された。これは更にエスカレートしていき、同音異義語の文字使用に対しても疑いがかけられ、死刑執行が行われた。

 この稀有な皇帝は、当時の社会に対して計り知れない貢献を果たすと同時に、計り知れない損害を与えたようだ。

 隣にある“中国革命の父”孫文の陵墓、中山陵(ちゅうざんりょう Zhongshanling)に寄る。山麓の広場から一直線に各施設が並び、392段の石段を登りきると祭堂に辿り着く。途中の門の扁額等に孫文が残した言葉が散りばめられている。石段の数は1912年に中華民国が成立したときの人口が3億9200万人だったことによる。延々と続く軸線と人間的スケールを超えた広大さにうんざりすると共に中国らしさを感じる。国際コンペにより当時まだ30歳前後の若手建築家呂彦直(LvYanzhi)が設計者に選ばれた。当時の設計図やコンペ落選案なども屋外に展示されてある。

Zhongshanling01  祭堂の中にはフランス人彫刻家の手による孫文坐像があり、壁面には「建国大綱」の文章等が刻まれている。ワシントンD.C.のリンカーン・メモリアルを想わせる。奥の墓室に大理石の棺が安置されている。棺の上にはチェコの彫刻家が臨終の姿を製作した孫文臥像が置かれている。この臥像がとても厳かな空気をつくり出しており、心を動かされる。

 孫文は1925年に北京で病死し、1929年に棺がここ南京中山陵に移された。当時の様子を屋外展示で知ることができる。孫文だけは大陸、台湾どこへ行っても全ての中国人の尊敬を集めていることを感じる。

市内バス           8

明孝陵・中山陵入場料             260

夕食                         57

水・アイス                      11

買物                         52

宿泊費/日                    224

計                       612RMB(=9180円)

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