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上海友人宅へ(第8日)

 次はもう一つの水郷村の西塘(シータン)に向かう予定だったが、労働節の混雑が既に始まっているので止めた方が良いという宿主人のアドバイスを聞いて上海にいる友人宅へ避難することした。大学時代からの友人の彼は現在日本企業駐在員として上海に住んでいる。彼は卒業後、大手電気メーカー→地方TV局→英国留学→台湾留学→大手食品メーカーという面白い経歴の持ち主だ。台湾で中国語を勉強し始めてたった3ヶ月のときに国連を受験するアプリケーションの語学欄に英語:excellent、中国語:goodと記載した自分を売り込むことにに躊躇しない日本人離れした感覚の持ち主。奥さんの方も結婚前からの友達でハウスメーカー→英国留学→工務店という経歴を持っており、現在上海で就職活動中とのこと。

上海の長距離バスターミナルに着くと帰省ラッシュで殺人的混雑だった。一刻も早く人ごみから抜けるべく地下鉄に乗り込み友人宅のある中山(ジョンシャン)公園エリアへと向かった。中山公園の中山とは革命の父孫文(そんぶん)のことだが、中国ではどの町に行っても中山公園がある印象がある。僕が知っているだけでも北京、上海、青島、台北にある。また、中国の都市では人民路、解放路、建設路といった同じ名前の道路をよく見かける。どの町に行っても同じ名前の公園と同じ名前の通りがあるという不思議な感覚だ。

 大きな公園と地下鉄駅、そして大規模ショッピングモールもあって住むにはかなり便利な場所のようだ、ちょっとした高級住宅地なのだろう。夕方に買い物帰りの奥さんと合流して高層マンション内の彼らの自宅へ向かった。リビングは広く、中山公園が見渡せて気持ちよい。また、とても清潔だ、さすが日本人。海外に来ると日本人ってなんて清潔なのだろうと感じる。実際部屋をきれいに使うので中国人の家主も中国人よりもむしろ日本人に部屋を貸したがる。ベッドルームを一室我々のために提供してくれた。今まででいやこの旅で一番の高級ホテルと言えるもしれない。

 夜は友人夫婦とちょっとしゃれたレストランで食事をした。高層マンションの眺めの良い一室&しゃれたレストラン、「うーんこれが日本企業の上海駐在員の生活かー」などとステレオタイプ的発想に浸っていた。自由業の貧乏夫婦の我々にはちょっと羨ましいが「こういう生活がしたいか?」と言われればそうでもない。複雑な中年男心。

 滞在中の彼らとのおしゃべりは非常に楽しかった。夜中に議論が白熱したりもした。僕もひとを追い詰めるような話し方をする悪いくせがあるが、彼は豊富な知識と論理的思考で僕より更に鋭く攻撃的だ。議論になると彼には全くかなわない。鳥鎮(ウージェン)の開発を「不健康だ」という表現をした僕に対して「住民と観光客の収入比が数十倍以上という中国の現状で極端な観光化が進むのは当然、外の人間が不健康な開発だなどと言う資格は無い!」とばっさり。その通りではあるが、僕の印象としての不健康さというのはどうしてもぬぐえない。開発の主導権を村人は持っていない気がする。政府または開発業者が強引に進めており、村人はやらされているだけでうまく利益も還元されていないように感じるのだ。その後彼が指摘したように一番のアンバランスは住民に対する訪れる観光客の人数比だろう。鳥鎮へは上海や杭州といった大都市から毎日何十台というツアーバスがやってきて住人の数十倍の観光客が街に溢れている。そこに正常な村の状態を望む方に無理がある。この爆発的な観光ブームは経済的に余裕ができた中国人が一挙に増えたからだが、他にも理由がある。中国では自由な観光がしにくく、ほとんどの人がツアーに参加する。従って目的地及び観光の仕方が極端に偏る。自分は何に興味があってどこへ行こうかというのではなくて何のツアーに参加しようかという選択肢に縛られているように思える。このツアー中心主義が極端な観光開発を促すのか、開発がツアーを強いるのか?

三輪タクシー                         5

バス(南潯→上海)               39×2=78

地下鉄                             8

昼食   38

買い物                           205

コーヒー                           24

計                          358RMB (=5370円)

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