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2007年6月

2007.6.15 北京、景山(第52日)

 ラサから47時間かけて午前7時半に北京に到着。まず、いつものように事前にeLong(予約サイト:芸竜旅行網)で数日分を予約した宿泊先へと向かう。故宮の北東角付近に位置する“北京故宮角楼商務酒店”というホテルで、一泊328RMB(4920円)。場所が便利であること、清潔であること、価格が高過ぎず、安すぎず(300RMB前後)ということで選んでいる。早朝だったが、幸いチェックインすることができた。部屋も広く快適。やれやれ、ひとまず仮眠。

Xiangshan01 Xiangshan02 体力を回復させて午後から活動開始。近所にある適当なお店で食事を済ませ、故宮の北に位置する景山公園(けいざんこうえん)へと向かう。公園の中心である景山は人工の山で高さ45m。明代に永楽帝(えいらくてい)によって風水を考慮して築かれたとされる。 “背山面水”と言って、北に山を背にして、南に水を臨むような地形が風水上良いとされる。山頂からの南側城下を一望する眺めは絶景。目の前にまっすぐ伸びる軸線を中心にシンメトリーな幾何学的世界が広がる。こういう景色を見ると、中国人の感覚は我々日本人よりもむしろヨーロッパ人のそれに近い気がする。ただ、秩序だった街を眼下におさめるのが気持ちよいのは確か。ちょっと皇帝になった気分。その他、1644年李自成(りじせい)軍に攻め込まれた際、明朝最後の皇帝崇禎帝(すうていてい)が首を吊った槐の木が園内に残っている。残念ながら、見つけることができなかった。

2007.6.14 再び青蔵高原鉄道その2(第51日)

 世界一の標高を走る青蔵高原鉄道に既に二度目の乗車という贅沢を味わっている。おそらくチケット入手は年々困難になることだろう。来るときに一度見たのだが、窓の外の景色は何時間見ていても飽きない。実際何時間もずっと眺めていた。こんな景色を安全で快適な状態で眺めていることになんとなく後ろめたさを感じる。文明の利器の恩恵に与っている。

Train101 Train102 Train104 Train109

 美しい車窓の風景が広がるのは、一日目。二日目は砂漠&普通の中国の町の風景が続く。この日はベッドで一日中車内TVの映画を見て過ごした。合計4本も見てしまった。1本目は『ココシリ(可可西里KeKeXiLi:Mountain Patrol)』(2004:中国)。チベットを舞台に密漁軍団と戦うパトロール隊の話。話題の陸川(ルー・チュアン)監督の実話に基づいた社会派作品。良い映画なのだが、救いの無い現実を見せられ、かなり重い。見終わった後、ちょっと辛くなる。2本目は『インファナル・アフェア(無間道 Infernal Affairs)』(2002:香港)。マイフィアに潜入する捜査官と警察に潜入するマフィアという微妙な立場にある2人の話。文句なく面白い。監督はアンドリュー・ラウ、主演は香港の大スタートニー・レオンとアンディ・ラウ。2006年にはハリウッドで『ディパーテッド(The Departed)としてリメイクされている。3、4本目の映画は『インファナル・アフェアⅡ』『インファナル・アフェアⅢ』。

 ルーム・メイトのチベット青年2人とは、意識的ではないが、適度な距離をもって付き合った。一人はラサ市内の小学校の校長先生で、もう一人はラサ郊外にある学校の校長先生。ラサから来た彼は外見も話し方も洗練されて都会的な雰囲気を持っている。もう一人の彼は垢抜けない雰囲気。ただ、彼が車内で痰を吐くのには参った。習慣の問題なのだろうか。僕らは何も言えないままだった。

昼食                            44

夕食                            30

計                          74RMB(=1110円)

2007.6.13 再び青蔵高原鉄道(第50日)

 当初予定していなかったラサまでやって来て非常に満足。チベットの空や山々は本当に美しい。チベット民族が建築や街づくりの才能に溢れていることもよく分かった。さて、そろそろシンセンに戻ろうか。ネットで帰りの飛行機チケットを探す。便数が少なく、どのルートも高い!割りと節約旅行をしてきた我々としては移動するだけのために数千元も出す気がしない。・・・うーんどうしたものか。時間だけはある我々としては、また列車に乗るという選択肢もあるのではないか。ラサからは蘭州(らんしゅう)までは同じ工程で、そこから成都(せいと)、重慶(じゅうけい)、広州(こうしゅう)、上海(しゃんはい)、北京(ぺきん)へとそれぞれ向かうルートがある。「北京へでも行ってみる?」またもや行き当たりばったりで決めてしまった。

 ラサから北京までのルートは以下。ラサ~那曲(ナクチュ)~格爾木(ゴルムド)~西寧(せいねい)~蘭州(らんしゅう)~西安(せいあん)~石家庄(せっかそう)~北京(ぺきん)。朝8時半に出発して翌々日の朝7時半に到着、総乗車時間47時間。運賃は一番良い寝台席で1216RMB(18240円 2007年6月時点)。丸二日間列車に乗るなんて始めてだ。今までで最も長時間列車に乗ったのはつい一週間程前に乗った西安からラサまでの35時間半。その前だと、学生時代に乗った東京から札幌までの17時間だ。

 一等寝台(軟臥という)は、部屋に二段ベッドが2つで4人一組。今回北京までのルームメイトは2人のチベット人青年。二人とも小学校教師、しかも校長先生。校長先生にしてはとても若くみえる。北京へ研修に行くそうだ。こういうのを中国共産党の同化政策と呼ぶのだろうか。

 いよいよ、またあの素晴らしい車窓の景色を楽しむことができる。

乗車券                 1221×2=2442

昼食                            50

計                        2492RMB(=37380円)

2007.6.12 哲蚌寺、デプン寺(第49日)

 デプン寺は、1416年開基のチベット最大級の寺院。1959年のチベット侵攻以前には15000人もの修行僧がいたという。ラサの西北部の山の麓に位置する。

Drepueg21 Drepueg27 Drepueg40 Drepueg35  ヨーロッパの山岳都市にも似た独特の雰囲気をもつ。セラ寺が平面的な迷路空間であるのに対し、デプン寺は立体的な迷路のよう。歩いて出会う景色景色が更にダイナミックに変化に富んでいて美しい。くっきりした空の青をチベット建築の斜めの壁面が切り裂く。中庭から遠くに目を転じると、見事な山脈が後ろに控えている。構造物が崩れて遺跡化した部分も残っている。印象的なシーンがいくつもある。個人的には最もチベット的なすばらしい景色に出会えた場所ではないかと思う。

 ある日、街中で適当に入ったお店でチベット定食のようなものを食べた。まずくは無いのだが、個人的には好んで食べる気にはあまりならない味だった。バター茶もあまり僕の口には合わなかった。そのせいかラサ滞在中の大半は普通の中国料理を食べて過ごした。ただ、後半滞在していたYAK HOTELの二階にあるレストランで食べたヤク肉のサンドイッチは非常においしかった。ヤクとはチベット高原で多く飼育されている牛の一種。脂分が少なくサンドイッチに最適。このサンドイッチが食べるためにこのレストランに何度も通った。

バス                             8

デプン寺拝観料              50×2=100

昼食                            16

買物                           137

洗濯                             7

夕食                           129

宿泊代                          300

計                          697RMB(=10455円)

2007.6.11 色拉寺、セラ寺(第48日)

 ミニバスでラサの郊外北の外れに位置するセラ寺を訪れた。セラ寺は、ガンデン寺、デブン寺を合わせてラサ三大寺院の1つ。1419年創建で、多くの修行僧が学ぶ仏教大学の役割も果たしている。言われてみると欧米の大学の町を思わせなくもない。基本的なつくりはラサの中心にあるジョカン寺と似ているが、1つの大きな建物ではなく、少し規模の小さな建物に分かれている。その分周囲の自然が視界に入り、とても気持ちが良い。

Sera07 Sera08 Sera10 寺院の周囲に住居その他施設が集まり、開放的な雰囲気の中、そこかしこを赤い僧侶の姿をした人たちが行きかう。 とても穏やかな空気がそこに流れている。印象としてはヨーロッパの小さな村とその村の中心を成す教会といった感じだろうか。迷路のようで散歩がとても楽しい。出会う景色がいちいち素晴らしい。チベット建築の意匠と町に魅了されっぱなしだ。

Sera01 Sera19 Sera21_2 Sera25 セラ寺からラサ中心へ戻るミニバスの中は修行僧でいっぱいだった。彼らがどこへ向かうのかは知らないが、授業から解放されて街へくり出す普通の若者たちに見えた。午後は、博物館で過ごした。

バス                             6

セラ寺拝観料                50×2=100

昼食                            49

チベット博物館                30×1=30

洗濯                            19

インターネット                       10

宿泊代                          300

計                          514RMB(=7710円)

2007.6.10 チベットバスツアー2日目(第47日)

 今回のバスツアー代金の合計が一人当たり260人民元(3900円)。これには、交通費はもちろんのこと、食事代、タシルンボ寺拝観料、ホテル代が含まれている。あまりに安いのでどんな所に泊まらされるのかビクビクしていたが、割と普通のホテル。きちんと個室だし、特に不衛生ということもなかった。

 朝食後、2人して一度ホテルに置いていかれるというハプニングがあったもののツアー2日目がスタートした。目的地は1日目に回ってしまったので、ほとんどラサに帰るだけ。「昼過ぎくらいには解放されるかな」なんて考えていたのが、甘かった。ツアーには土産物屋巡りが強制的についていたのだ。

 一軒目は、“タンカ”と呼ばれるチベット仏教の宗教画工房兼店舗。工房にて“タンカ”の説明をしてくれ、観光的要素もあり、まあよしとしよう。かといって宗教画を買う気にはなれない。

 二軒目は漢方薬の店。会議室のような部屋で漢方薬についての一通りのプレゼンテーションが終わると、店舗へ案内される。お買い得とのことだが、かなりいい値段だ。お店の一角には漢方医が居り、診断はただだと言う。ツアー参加者の1人が診断を受けることになり、我々も横で様子を見ていた。医者が神妙な顔で「うーん、こことここが問題だ。」「早く治療した方が良い」と言う。診てもらったツアー参加者は不安そうに「どうすればいいの?」と聞く。先生:「この薬とこの薬とこの薬を飲みなさい」。患者:「幾らぐらいですか?」、先生:「えーと、これが・・・、これが・・・、うーん半年分で●●●元」、患者:「えっ、安くなりませんの?」。僕らを含めて周りの人たちは「あーあ、気の毒に。(術中にはまって)」という視線を送る。いくらだったか忘れたが、結構びっくりするような金額だった。日本円で10万円は超えていたと思う。いやー気軽に診てもらうものじゃないね。

 三軒目は燻製肉のお店。四軒目は博物館付属のごく普通のお土産物屋さん。ここまで来ると、もう勘弁してくれという感じ。結局、解放されたのは夕方。土産物に興味の無い僕にはかなり辛かった。この土産物屋巡りを入れることでツアー料金を安くしているのだろうか。何も買わなかった僕らは企画側にはあまり都合の良くない参加者だったのかもしれない。

 中国人のツアーに参加したのは、実はこれが初めてだった。感想としては、以下3つ。料金のわりに中身はまともだ。中国人参加者は予想に反し、皆マナーが良かった。土産物屋巡り、4軒は多過ぎだろう。

バス                             2

夕食                            12

宿泊代                          300

計                         314RMB(=4710円)

チベットバスツアー(第46日)

 ラサからは、色々なツアーが用意されている。中にはチョモランマ(エベレスト)を抜けてネパールの方へ出る気合の入ったものもある。僕らは2-3日の手軽なツアーに参加してみようということになった。ホテルでも案内しているのだが、やはり値段が高い。割安なツアーを探して街中の旅行社をまわった。外国人がチベットのラサ以外の地域へ行くためには、許可証を入手しなければならないらしい。ある旅行社でとびきり安いツアーを見つけた。日喀則(シガツェ)一泊2日のバスツアーだ。以下は旅行業者とのやりとり。

「日本人なんですが、外国人でも参加できる?」

「もちろん」

「外国人は許可証のようなものが必要らしいのだが・・・、入手できる?」

「何それ?そんなものいらないわよ」

「どこかで、検査されるのでは?」

「そんなもの無いわよ。それに30人もいるのに日本人なんてわかりゃしないわよ。」

「・・・。」

「ガイドにちゃんと言っておくから大丈夫よ」

ということで、勢いで中国人バスツアーに参加することになってしまった。

 ガイドは成都(せいと)出身の元気で人がよさそうな若者。僕らが日本人ということも聞いており、気に掛けてくれている。ただ、彼の四川(しせん)なまりの中国語が今ひとつ聞き取れずに困った。バスに乗り込み、とにかく、周りに外国人だと分からないように静かにしていた。

Tour01_2 Tour02_2 Tour03_2  ラサの街中を抜けてしばらく走ると、やがてバスが山をどんどんと登りだした。だんだんと素晴らしい眺めが展開するのだが、車窓からの景色はかなり怖い。「よくこんな崖道をバスが走るなあ」といった感じ。標高5000mの峠を越えて、標高4400mに位置するヤムドゥク湖を見下ろすポイントに到着。ヤムドゥク湖は神が宿るとされるチベット4大聖湖の1つで、名前はトルコ石の湖という意味。自然の美しさに脱帽。こんなすばらしい景色を何の苦労もせずに眺めることになんとなく後ろめたさを感じる。

 それは、さておきトイレ、トイレ。有料だが、トイレらしい施設があるわけではなく、ただ場所を決めてその辺にするだけといった感じ。妻によると女性用は、かなり強烈だったようだ。

 山を下りると一路日喀則(シガツェ)の街へと向かう。夕方になってようやく第二の目的地、扎什倫布寺(タシルンボ寺)に辿り着く。タシルンボ寺はチベット仏教最大宗派であるゲルク派(黄教)4大寺の1つ。ダライ・ラマに次ぐ地位にある歴代バンチェン・ラマが駐在する。

Tour04_2 Tour05_2 Tour06_2  意匠的には、チベット建築の特徴を現しているが、明るく美しい色彩調和をもったラサのポタラ宮や大昭寺(ジョカン寺)に少し劣る印象を持った。

色彩についてガイドさんにちょっと質問してみたのだが、答えがよく理解できなかった。一方、お堂と住居が複雑にからんだ空間構成はかなりかっこいい。足元に広がる中庭は、断面をそのまま現したような不思議な空間。あちこち探検したいところだが、ツアーなのでそういうわけに行かず、残念。

ツアー代金               260×2=520

トイレ                            2

計                        522RMB(=7830円)

2007.6.8 ポタラ宮(第45日)

 西安の兵馬俑(へいばよう)に続き、2つ目の長年の夢がかなった。それはポタラ宮をこの目で見るということ。ポタラ宮は海抜3700mの丘の上、というか丘と一体となって聳え立つ。町のどこからでも眺めることができ、実際はラサ入りした日にすぐ目の前に現れた。澄んだ青空を背景として宮殿の赤と白が際立つ。世界遺産にふさわしい壮大な建築。とても人工物とは思えない。よく言われることだが、地面から天へ向かって隆起したようだ。ちょうどアニメ宇宙戦艦ヤマトのオープニングのイメージ。ただ、周囲に漢民族がつくったつまらない近代の町が迫っているのだけが残念。

Potala01 Potala03  ポタラ宮は、7世紀半ばにチベットを統一した吐蕃(とばん)王朝のソンツェン・ガンボが築いたもの。9世紀に吐蕃王朝滅亡後に荒廃したが、1645年からライ・ラマ5世によって再建され、歴代ライ・ラマにより拡充されていった。紅宮(ボタン・マルボ)と白宮(ボタン・カルボ)から成る。紅宮は宗教活動を行う場で、白宮は政治活動や生活の場で、部屋数は1000を越すという。頂上まで外観上13層からなり、高さは110m以上に及び、東西360m、南北270mの規模を誇る。

Potala11 Potala13 ふもとから見上げると、やはり圧倒的迫力。鮮やかな白や紅の塊が幾重にも重なる。壁は垂直ではなく少し内側に傾く、つまり各塊は台形をしている。この斜め外壁線が天空を切り裂く景色がチベットの風景を特徴付けている。丘の麓からなだらかな石畳の階段を上っていく。間近で見る外壁、窓、庇などの意匠がまた美しい。特に低層部の段々の意匠を特徴づけている手すり壁のディテールがかっこいい。石と土と木と枝の組み合せが素晴らしい。チベット族の都市や建築を創造する芸術的才能が異彩を放っている。

 文句無く、僕が今まで見た中で最も美しい建築の1つだ。

Potala08 Potala19 Potala23

2007.6.8 大昭寺 ジョカン寺(第45日その2)

 ポタラ宮見学が午後に時間指定されていたので、午前中にジョカン寺(大昭寺)を見学することにした。チベット各地から巡礼者が訪れる聖なる寺だけあり、寺院の前では五体投地(ごたいとうち)で祈りを捧げる人々でいっぱいだった。五体投地とは両手、両膝、額の5体を伏す仏教で最も丁寧な礼拝の仕方。

Jokhang01 Jokhang02 Jokhang04  中も人でごった返し、身動きがとれないほどだった。たまたま礼拝の時間に当たってしまったのかだろうか。中は暗いが、高窓から光が射す。ヨーロッパなどのゴシック教会でも同じだが、宗教建築には上からの光が空間演出に欠かせない。梁の小口に妖怪のような彫刻がずらっと並んでこの怪しさがなんとも言えない。

Jokhang14 Jokhang12 Jokhang18 Jokhang16  屋上に上がると、内部空間とは打って変わって圧倒的な開放感。上にも下にも空間が広がり、気持ち良い。この下階屋上との一体感は何だろう。そうか、手すりが無いからだ。法律上、安全上、現代建築では実現できないが、手すりが無いことにより上下空間のつながりがこれだけ強まるのかと初めて知った。更に屋上をうろうろ探検してみる。迷路のようでわくわくする。色々な部屋とつながっているようで、時々お坊さんたちにも出会う。外壁の意匠や材料、パラペットや排水の納まりも面白い。チベット民族の建築的才能には、やっぱり敵わない。

バス                            4

昼食                           11

ポタラ宮入場料            100×2=200

ジョカン寺拝観料            70×2=140

茶                            18

帽子                           30

買物                           34

夕食                           55

宿泊                          280

計                        772RMB(=11580円)

2007.6.7 ラサ ノルブリンカ(第44日)

 さっそく目的地のポタラ宮へと向かう。現地の窓口でパスポートを提示してチケットを受け取る。チケットには翌日の日付と時間が記載してある。どうやらチケットではなく整理券のようだ。ちょっと拍子抜け。入場制限をしているらしく、事前に整理券購入が必要なのだ。僕らは翌日の券を入手できたが、観光シーズンはチケット入手が難しく、せっかくチベットに来てポタラ宮を観ずに帰る人も多いと聞く。

 気を取り直してノルブリンカへ行くことにした。ノルブリンカはダライ・ラマの夏の離宮で、4月から9月はここで政務を行っていたが、現在は公園となっている。ダライ・ラマ7世によって1755年より建設され、歴代ダライ・ラマが随時施設の増築を行っている。タクテン・ボタン(新宮)は、1954年にダライ・ラマ14世が20歳のときに建てられた。1959年に中国の人民解放軍がラサに入ったときにダライ・ラマ14世のチベット脱出の舞台となったのがこの場所。

Norbulingka09 Norbulingka02 Norbulingka06  「ノルブリンカ」はチベット語で「宝の庭」という意味だそうだが、庭園自体は広いだけでそれほどの場所とは思えなかった。管理が行き届かず少し荒れている印象さえあった。しかし、点在する建物はヒューマンスケールで親しみ易く、悪くない。壁という壁、柱という柱はカラフルな色彩で装飾されており、確かに派手なのだが、同時にどこか質素な雰囲気も持ち合わせていた。内部は少し暗いが、その分ハイサイド・ライト(高窓)の光がとてもよく効いている。

昼食                           46

バス                            4

ノルブリンカ入場料            60×2=120

茶                             27

買物                           22

宿泊                          280

計                        499RMB(=7485円)

2007.6.6 ラサ(第43日)

 夜中はかなり頭が痛かった、これが高山病というものか。ただ、頭痛は一晩だけだったので軽症かもしれない。

 チベットと言えば、ポタラ宮を一度見てみたいと思い続けていた。が、それ以外は特に興味をもっていたわけではない。それなのになぜか「一度訪れてみたいあこがれの地」というイメージを持っている。「seven years in Tibet」などの映画を見たせいだろうか。とにかくその地に本当に来てしまった。交通の発達に感謝するばかり。

 チベットに来て最初の印象は「空の青さ」が美しいということ。ブルーを背景に山の稜線や建物の輪郭がはっきり目に写る。気持ちがいい。青空を見るだけでこんなにも心が晴れるものだろうか。シンセンではめったに青空を拝んでいなかったようだ。

Lhasa03_2 Lhasa05  Jokhang Temple、大昭寺(DazhaoSi)の周りの旧市街を除くと中国のどこにでもあるつまらない街の風景が広がっている。ポタラ宮も町中に存在する。昔見た写真からの勝手な想像では、何もない平原にポタラ宮だけが突如天へ向かって盛り上がるように存在するという感じなのだが・・・。都市造りという観点からだけ見ると、漢民族がチベットに進出してきたことは非常に残念。ただ、逆にチベット族の都市づくりや建築づくりの才能が際立っている。個人的にはこの分野で彼らは世界で最も優れているのではないかと思う。

Lhasa07Lhasa08 旧市街の待ち歩きを楽しむ。ジョカン寺のまわりを取り囲むように通る道が中心街。たくさんの屋台が軒を並べる。非常に活気があり、こちらの気分も高揚してくる。不思議なことにここは一方通行。皆時計回りに歩く。コルラと言って聖地の周りを巡礼して歩く行為だそうだ。巡礼者以外も自然と時計回りに歩くようになっている。

Lhasa14Lhasa15規則性を持ちながら不規則にジョカン寺をサークル状に囲む道と放射状に延びる道が交錯する。迷路のようで歩いていてワクワクする。ヨーロッパの街のようだ。事実、Google Earthで見てみるとローマやフィレンツェと似ている。17世紀のローマを「地」と「図」の関係で示した「ノリーの地図」に見られる同じ原理で街が構成されている。旧市街はそれ程広い範囲ではない。適当に歩いていても前に通った場所に何度も出くわす。それなのに何時間もぶらぶらしていても飽きない。

昼食                           71

コーヒー                         36

バス                            4

夕食                           22

本                            32

宿泊                          280

計                        345RMB(=5175円)

2007.6.5 青蔵高原鉄道2日目(第42日)

 夜中の3時にゴルムド(漢字標記「格爾木」)駅に到着。目が覚め、外の空気を吸うためにホームに降りる。何の変哲もない駅だが、海抜2829mに位置する。外は少し冷えるが、寒いという程ではない。ゴルムド市はチベット高原ではラサ、西寧に次ぐ都市で漢族が90%を占める。車輌に戻り、列車が走りだすと再び眠りについた。

Train22 Train25 Train27 朝目が覚めると、雪が混じった斑模様の大地が表に広がる。雄大な風景だが、自然の厳しさが伝わる。完全に日が昇ると、本日は快晴。こんなきれいな青空を見るのは中国にきて久しぶりの気がする。気持ちも晴れやかになる。シンセンで生活していてなんだか胸の中がすっきりしなかったのは、もしかして空の色のせいだったのかもしれない。雪に覆われた山々が青空に映える。本当に美しい。時々山の名前を説明していたが、どれがどれなのか全くわからない。山好きの人にはきっとたまらない景色だ。今どの位の標高に位置するのか分からないが、このすばらしい景色を列車の中からラクして眺めているなんて、少し申し訳ない気持ちになる。

Train31 Train35 Train38 Train40 しばらくすると再び乾いた景色へと変わる。山が赤い。雲が近い、影がはっきりと地面に落ちる。かなり標高にいるのに違いない。昼頃に大きな美しい湖の脇を走る。「措那湖(ツォナ湖、CuonaHu)」と呼ばれる美しい湖。湖面の青が神秘的で吸い込まれそうになる。まわりには羊の群れ。時刻表では12時40分に着くことになっていた「那曲(ナーチユ、Naqu)駅」に一時間以上遅れて14時頃に到着。ホームに降りて、ちょっと記念撮影。

Train44 Train46 鉄道と並走して国道がある。割と頻繁に自動車やトラックが走っている。この青蔵鉄道ができるまでは、この道が唯一の連絡路だったのだろう。「こんな道で車が故障したら、どうするのだろう?」などと意味ないことを考えながら車を眺めていた。その後も山や川を観ると「同じ自然でも日本とは全然違うなー!」と同じことを何度も感じてしまう。そうこうしながら飽きずに車窓を眺め続け、夕方18時30分ようやくラサに到着した。

 チベット自治区に行くためには入域許可証が必要になる。旅行代理店で買うらしい。しかしながら、僕らは列車のチケットを入手しただけで乗車してしまったので、入域許可証なんて持っていない。ゲートチェックがあるのだろうか。ドキドキしながら列車を降りてラサ駅のホームに立つ。そのまま歩いて前へ進む、アララッ何もない。いつものように地図を買って街中へ向かうバスに乗り込んだ。ドキドキして損した。入域許可証って一体どうなっているのだろう。廃止になるという話も聞いたが、僕らよりも後にチベット旅行した友人たちは入域許可証を買ったという。この国のこのいい加減さがとても嫌いでとても好きだ。

昼食                           37

地図                            8

バス                            2

夕食                           22

水                             6

宿泊                          280

計                        355RMB(=5325円)

2007.6.4 いざ、ラサへ高原鉄道(第41日)

 いよいよチベットのラサへ向けて出発。6時45分発の列車なので、早朝にホテルをチェックアウトしてタクシーで西安駅へと向かう。心が躍る。あこがれのチベットへ、夢の高原鉄道に・・・。後で思うと観光シーズンでないとはいえ、ラサ行きチケットがよく手に入ったものだ。ホテルで教えてもらった西安市内にある普通の鉄道チケット販売所で問題なく購入できた(出発日を予定より何日か後にずらしたが)。手数料が5元(75円)かかったのみ。チケット代自体は一番良い席の一等寝台で一人972人民元(14580円)。それ以外に保険代が20元くらい必要だった気がする。僕らが乗る列車は、重慶発ラサ着のT223。Tというのは特快(Tekuai)のTだろうか。重慶を19時42分に出発して翌々日の17時21分にラサに到着する。全工程で45時間39分。そのうち、西安からラサまでの35時間36分乗車することになる。こんなに長時間鉄道に乗るのは人生初かもしれない。列車の旅というのはワクワクする。個人的には船と列車というのが旅の気分を倍増させる。

Train02  6時30分に列車が到着して座席まで乗務員に案内してもらう。二段ベッド2つの4人部屋。4人で旅行するとちょうど良い。片方の二段ベッドの上下を僕らが占める。ベッドの上段は窓の景色がちょっと見難い。昼間の大半は2人して下で過ごすことになる。一人旅で上段の席になるとつらいかもしれない。列車がゆっくりと走りだした。残りの2人の乗客が乗ってこない。ラッキー、4人部屋に2人。快適だー!

 しばらく走ると、乾いた大地の景色となる。これが中国の内陸の風景か。当たり前だが、同じ自然でも日本の風景とは全く違う。雄大な山々が続くが、その山には木々がない。日本が水と緑に驚くほど恵まれていることを改めて認識する。そんな大地にも畑や田んぼ、人家が散らばっている。人間はたくましい。

Train01 Train07 Train10  走り出して1時間半後の8時18分に宝鶏(ほうけい、Baoji)に停車。あまり聞いたことがない都市だが、鉄道路線が交わる基点になっている。北へ向かえば銀川(ぎんせん)、南へ向かえば成都(せいと)へと行くことができる。さらに5時間後の13時17分には蘭州(らんしゅう、Lanzhou)に停車。ここは、シンセンでもランチによく食べている蘭州ラーメンの蘭州ではないか。蘭州ラーメンの看板を揚げている店は中国各都市に多くある。安くておいしく、ボリューム満点。大体一杯5、6元(90円)で食べることができる。蘭州名物ではないが、同じ店で僕の好物刀削面(とうしょうめん、Daoxiaomian)も食べることができる。ラーメンを作っている彼らはこんな遠くから来ていたのか。

Train08 Train13 Train15  いつまでも続く景色。じっと眺めていても意外と飽きない。砂漠化を防ぐためか、植林している地域が目立つ。日本では樹木は自然に存在するもの、ここでは樹木は人工的に植えるもの。

 蘭州から3時間後の16時25分西寧(せいねい、Xining)に停車。ここは中国最大の塩水湖である青海湖(せいかいこ、QinghaiHu)があることで有名。この駅でどっと乗客が増えた。車両が急に賑やかになる。僕らの部屋にも残念ながら残りの乗客が乗ってきた。4人部屋を2人で占拠するぜいたくはここまで。ラサまでのルームメイトは10人くらいのツアーに参加している日本人のおじさん2人。NHKで放送されたこの青蔵鉄道(せいざんてつどう、中国語では青蔵鉄路QingzangTieluという)の特集番組を見てツアーに参加したという。

Train18 Train19  青蔵鉄道は僕らが乗る約一年前の2006年7月に開通した。世界で最も高い場所を走る高原鉄道だ。タングラ駅は海抜5000mを越える。工事の困難さは計り知れない。多くの新技術の他、動物用通路をつくるなど生態系維持への配慮が話題となった。一等寝台は2車両のみだが、その乗客の半分くらいが日本人とドイツ人で占められた。後で聞くとドイツ人たちもツアー旅行とのこと。欧米人はあまりツアー旅行をしないイメージがあるが、ドイツ人は例外のようだ。

タクシー                        12

鉄道(西安→ラサ)         995×2=1990

昼食                          30

夕食                          30

計                        2062RMB(=30930円)

2007.6.3 城壁一周(第40日)

 今日は西安最終日。明日出発のラサ行きの列車のチケットがとれたからだ。結局西安には一週間いたことになる。メインの観光地を訪れた後に街をのんびり散策することもできた。今思うと、一週間滞在はちょうど良い長さだった。最後に西安の街を特徴づけている城壁を見学してみることにした。

 南京市にも城壁があったが(今一つだった)、ここ西安のように一周丸々残っている都市は珍しいのではないだろうか。現在の城壁は明(みん)代初期に8年かけて造られたもので、南北2.5km、東西4.2km、一周13.5kmある。保存と取り壊し賛否両論あったが、1983年以降数度に渡る大規模な修復工事によって残された。学生も社会人もレンガ片手に労働奉仕を行ったそうだ。唐(とう)代には南北8.7km、東西9.7km、現在の9倍の規模もあったらしい。当時の長安の都の繁栄ぶりが偲ばれる。東西南北に城門が築かれており、それぞれ「長楽門(ちょうらくもん、ChangleMen)」「安定門(あんていもん、AndingMen)」「永寧門(えいねいもん、YongningMen)」「安遠門(あんえんもん、AnyuanMen)」と呼ばれる。西門「安定門」はシルクロードの基点だった。

Xian04 Xian05  城壁に登ってみると、かなり広々としている。12-14mの幅がある。城壁と言うが、壁というよりむしろ道路といった趣。空中道路という表現がぴったり。登ったからにはどうしても一周したい。歩くのはちょっと・・・難しそうだ。そんなところにさすが!観光客相手にレンタサイクルをやっている。さっそく2人で自転車を借りる。空中道路を自転車で突っ走る。今まで経験したことのない快感。途中途中止まって眼下の街を見下ろす。きのう自分たちが歩いたところも俯瞰すると良く分かる。レンタル時間いっぱいいっぱい使って一周した。というか、ちょっと時間超過したが、何も言われなかった。城壁上を自転車で一周する、何てこと無いのだが、気持ちよく思いの他楽しい。

 午後はホテルにもどって休憩。優雅にホテル内の茶館で過ごした。夕方になって我々のお気に入りエリアとなった鐘楼(しょうろう、ZhongLou)西のイスラム街へ出かけた。食事をして無数の店が集まる市を歩きまわる。妻が明日からの列車の旅に備えてどっさりドライフルーツを買い込む。僕は基本的にドライフルーツが好きでないのだが、ここで買った干しパイナップルは本当に美味しかった。

朝食                           1

バス                       1×2=2

城壁                    40×2=80

レンタサイクル               20×2=40

ジュース                         5

昼食                          11

お茶                          78

夕食                          38

ドライフルーツ                     12

宿泊費/日                      343

計                        610RMB(=9150円)

2007.6.2 西安、書院門(第39日)

 城壁南門から碑林(ひりん)博物館までの書院門(Shuyuanmen)と呼ばれる通りいったいは明・清風の意匠で建てられた土産物店が並ぶ古文化街として整備されている。各地で伝統建築で土産物店を並べた同様の開発を見るが、ここはあまりわざとらしさも感じられず良い雰囲気をつくっている。書道具屋、判子屋、扇子屋、書画屋、雑貨屋・・・、屋台を含めて沢山の店舗がひしめき合っている。

Xian02 Xian03  ここで二人それぞれの判子をつくることにした。大体の値段を知りたいのと気に入る石を探すためにいくつものお店を見て回る。色々な種類の印材に迷うが、なかなか「これっ」という石が見つからない。最終的に妻は赤みがかった瑪瑙(めのう)、僕は黒っぽい瑪瑙を選んだ。更に自分の設計事務所の印を安物の翡翠(or玉)でつくってみることにした。次に彫ってもらう字体と彫り方(朱肉を文字字体に付けるのか、文字以外の部分につけるのか)を決める。僕の印は隷書体(れいしょたい)で、妻の印と事務所の印は篆書体(てんしょたい)で彫ってもらうことにした。僕も妻も現在、銀行印としてりっぱに活用している。3つ合わせて140人民元(2100円)、なかなか楽しい買い物だった。

 書院門を更に散歩しながら、気になるお店を時々ひやかしで覗いてみる。そんな中、ある扇子屋さんに入ると色々な扇子を次々と見せてくれる。始め買う気はなかったのだが、僕も妻も各自気に入った絵柄の扇子を一つずつ見つけてしまった。値段を聞くと少し高い気がして値切る。「一枚一枚手描きの絵なので安くはできない」と店主。「安いものならこっち」と印刷された扇子を見せられる。やはりプリント物は全然良くない。「気に入る絵柄なんてめったに見つからないよ」という妻の言葉にも押されて、普段物欲のあまりない僕もその扇子がどうしてもほしくなってきた。結局、ほんの少しだけ安くしてもらって購入した。二本で90人民元(1350円)。帰国後、喜んでその扇子を持ち歩いていたのだが、すぐにどこかに置き忘れて失くしてしまった。ショック。また西安の同じ店で扇子を探したい・・・。

 他の多くの都市の土産物街と違い、ここでは最初にあまり高額をふっかけてくることもなく気分よく買い物をすることができた。

バス                     1×2=2

昼食                         29

はんこ                       140

扇子                         90

その他買い物                   49

夕食                         50

コーヒー                       68

宿泊費/日                    343

計                       771RMB(=11565円)

207.6.1 碑林博物館(第38日)

 昨日訪れた清真寺(チンジェンスー、QingzhenSi)周辺はイスラム街が形成されている。小さなお店が無数にあり、ごちゃごちゃ感がなぜだかとても心地良い。何を買うわけでもなく、無目的にただただ散歩をするのが楽しい。好きなひとには、何時間居ても飽きないエリアだ。

 今日は漢代から清代にかけての石碑を集めた碑林博物館(ひりん博物館、BeilinBowuguan)を訪れた。展示室の中にはとにかく膨大な量の石碑がある。何をどう見て良いのか見当がつかない。とにかく適当に気になる石碑を覗いてみる。

 論語をはじめ細かい文字でひたすら儒教経典が刻まれた石碑を見つける。「論語」があったとミーハー的に喜んでいるだけで、中身は全く分かっていない。周易(しゅうえき),尚書(しょうしょ),儀礼(ぎれい),詩経(しきょう),周礼(しゅらい),礼記(らいき),春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん),春秋公羊伝(しゅんじゅうくようでん),春秋穀梁伝(しゅんじゅうこくりょうでん),論語(ろんご),孝経(こうきょう),爾雅(じが),孟子(もうし)の十三の儒教経典を含む石経があるという。驚嘆の一言、一体どれだけの時間とエネルギーをかけたのだろうか。文化と知識を吸収し、後世へ伝えるという思いの凄さが伝わってくる。簡単に本を手に入れることができ、ワープロで文章を書く我々とは真剣度が違う

 書には詳しくないが、顔真卿(がんしんけい)の文字が好きなので彼の石碑を探してみた。唐代の代表的な書家なので沢山あると期待したが、一つか二つしか見つけることができなかった。ただ、やはり良い。一つ一つの文字が力強くはっきりしている。こんな字が書けたら良いのだが・・・。さて、何て書いてあるのだろうか。うーん意味がよくわからない。しばらく睨んでみる、やっぱり分からない。意味が理解できないものを読む行為はなんて疲れるのだろう。

 途中人だかりができている賑やかな場所があった。拓本をとっている様子。その場で買うことができるようだ。そこまでの興味は無いので買わなかったが、職人さんが拓本をとる姿はリズミカルでなかなか。見ているだけで気持ちがいい。

 次に清代の歴代皇帝が書いた石碑をいくつか見る。中国版大河ドラマを見たおかげで康熙帝(こうきてい)、雍正帝(ようせいてい)、乾隆帝(けんりゅうてい)といった人物に親近感を覚えている。中国を旅行していると乾隆帝の書いた文字の石碑や扁額を各地で見かける。どちらにしても皆りっぱな字を残している。中国のリーダーは代々教養として書もできないといけないようだ。なかなか大変。

 ここ碑林博物館には中国の歴史と文化が誇る貴重な遺産がゴロゴロしている。ただ、僕自身にそれを鑑賞するだけの知識や教養が無いのが残念。20年後くらいに来たときには、この博物館を楽しめるだけの自分になっていたいものだ。

バス                     3×2=6

碑林博物館               45×2=50

昼食                         1

夕食                         34

宿泊費/日                    343

計                       447RMB(=6705円)

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