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団地再生

僕は団地で生まれ育った。子供の頃は戸建住宅に憧れた。大人になって振り返ると、広い芝生、公園やグランド、とても恵まれた環境がそこにあったことに気づく。

1955年に日本住宅公団が設立され、1960年代から70年代にかけて団地建設が活発化し、現在では約700万戸の団地住宅があるといわれる。その団地の多くで建物の老朽化と居住者の高齢化が進み、社会問題ともなっている。僕の生まれ育った団地でも、建て替え問題について7年以上に渡って議論し続けて結論に至っていないようだ。「建物」をどうするかという単純な議論ではうまく行かないのだろう。「地域をどう組み直すか」を議論しなければならないのだと思う。

そこで、建築家の山本理顕さんが唱える“地域社会圏”という概念がとても参考になる。

Chiikishakaiken

1.「地域社会圏」では「一住宅=一家族」という生活モデルを前提としない。

2.「地域社会圏」は、プライバシーとセキュリティを住宅の中心原理とするのではなく、そこに住む人たち全体の相互関係を中心原理とする。

3.「地域社会圏」は周辺環境とともに計画される。

4.「地域社会圏」は単なる消費単位ではなく、その地域の内側で小さな経済圏が成り立つように計画する。

5.「地域社会圏」はここでエネルギーを生産し、それを効率よく利用する。単なる消費単位ではない。

6.「地域社会圏」では“公共交通か自家用車か”ではなくその中間的な交通インフラを持つ。

7.「地域社会圏」では崩壊しつつある社会保険制度を補うような全体の相互扶助を考える。

8.「地域社会圏」は賃貸を原則とする。日本が行ってきた持家政策を否定する。

9.「地域社会圏」では専有面積は60%程度、専有と共用の面積比を変える。

10.「地域社会圏」の住まいは外に向かって開かれた場所が用意されている。

 僕は特に4.「小さな経済圏が成り立つように計画する」というのが重要だと考えている。つまり団地内のあちこちで商業活動が行われていること。パン屋、カフェ、床屋、保険代理店、レンタルショップ、花屋、大工店、塾、鞄屋、整骨院、事務所・・・・小規模であれば何でもいい。もっと言えば、住人が各々小さな商売をやればいい。大切なのは、団地の横にまとめて商業エリアをつくるのではなく、団地の中全体に店舗やオフィスなどが散在すること。例えば、住棟の一階部分に多くの店が並んでいる光景なんて素晴らしい。

そもそも近代都市計画のゾーニングという考え方が都市をダメにした大きな要因の1つ。ゾーニングというのは各地域を用途ごと区分すること。つまり、住宅は住宅ばかり、商業は商業ばかり、工場は工場ばかり、それぞれあるエリアに固めてしまうのだ。これにより街の活気は失われ、治安も悪くなった。このことは、1961年に名著『アメリカ大都市の死と生』の中でジェイン・ジェイコブズが指摘している。驚くべきことは、50年以上経過した今日、いまだにその指摘を活かそうとしないこと。

また、団地再生では建物よりむしろ外部空間をどうするかが重要だと思っている。建物はスケルトンにしてしまい、「あとは住む人が自由に設えればいいのでは?」と思ってしまう。団地の大きな魅力の1つは、大きな隣棟間隔(住棟と住棟との距離)とそこに広がる豊かな緑。しかし、多くの団地ではきれいな芝生が誰にも使われない場所になってしまっている。子供が減ってしまったせいだろう。僕が子供の頃はよく芝生で遊んだ。国立公園ではないのだからせっかくの場所がもったいない。外部空間が利用される工夫をすべきだと思う。屋外で人々が活動すれば、活気のある魅力的地域になるし、治安も良くなる。

小さな区画をつくって住人に安く貸出してはどうだろう。ガーデニングするもよし、家庭菜園するもよし、作業場とするもよし、ガレージセールするもよし、カフェ営業するもよし。少なくともその場所のメンテナンス費用が不要になる。

どちらにしても建替えによって、どこにでもあるマンションが建つことが一番残念な結果だ。戸建住宅には戸建て住宅の良さがあり、マンションにはマンションの良さがあるように、団地には団地の良さがある。豊かな屋外環境は当然として、画一的な建物といったことも長所の1つかも知れない。良いところをなるべく多く見つけ出し、それをどう活かすかということで計画が進むといい。また、“風景の記憶”といったことも大事にしたい。

 

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