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神奈川県立近代美術館(1951)

 昔から見たい見たいと思い続け、ようやく鎌倉までやってきた。美術館は鶴岡八幡宮の境内に位置する。鎌倉駅から観光地らしい整備された参道を抜けると左手に美術館が現れる。木々の間から清々しい白い箱が鮮やかに浮かぶ。周囲の樹木や池と対比的に調和する。プロポーションも美しい。何か違う、あれ、池の水がない。運悪くちょうど数十年ぶりの池の底の泥さらい工事の真最中。建物周辺の工事車両や機械設備も景観をじゃまする。本当に残念。普段であれば、金閣寺にも似た水に浮かんだ印象的な光景をつくり出すことだろう。頭の中で想像するしかない。

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 正面入口側にまわると、特徴的な大階段とその真ん中に赤とグレーで塗装された華奢な柱が印象的で、奥に中庭が透ける。大階段と中庭との間の鉄製格子にだけ違和感を覚える。これが無ければ、開放的な空間構成の気持ち良さが倍増すると思うのだが・・・。管理のために仕方ないのだろう。それとも、わざと開放性を抑えているのだろうか。

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 大階段を上った二階の受付から展示室に入る。「現代への扉 実験工房展 戦後芸術を切り拓く」と題された展示会が開催されている。無知な僕は、実験工房というものの存在すら知らなかったが、なかなか面白い展示。「実験工房」は、1951年に結成された若手芸術家たちの集まりで、美術、音楽、照明、文学などジャンルを超えたグループとして生まれた。造形作家の大辻清司、北台省三、作曲家の佐藤慶次郎、武満徹、詩人・評論家の秋山邦晴、照明家の今井直次、エンジニアの山崎英夫らが名を連ねる。実験工房の名付け親は、詩人・美術評論家の瀧口修造。特にオートスライドの音と映像がシュールで引き込まれる。

 建物は、中庭を中心にロノ字型の平面を持ち上げて、一階がピロティ空間となっている。単純でとても分かりやすい空間構成なのだが、慎重に配された壁により、場所場所で異なった奥行きのある光景を造りだす。そして、南西の池へと気持ちよく視線が抜ける。こんなにリラックスして展示を楽しめる美術館は初めてだ。全然疲れない。室内展示スペースの割合が小さく、休憩場にもなる半屋外空間の割合が大きいことによるのだろう。八幡宮の深い緑に包まれた敷地の良さを活かした結果だと思う。来館者は、展示と共に自然環境を存分に楽しむことができる。季節が良いときには、ピロティで池を眺めながら何時間でもぼーっと本でも読みたいところだ。渡り廊下で繋がる茶色いコールテン鋼の新館には、耐震上の問題で入ることが適わなかった。

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 最近の贅沢な美術館建築を見慣れた目には、驚くほど質素な建物に映る。一階の外壁には大谷石を使用しているものの、内装・外装ともに全体的に安価な材料で構成されている。また、一階の重厚さと上層階の軽快さの対比も面白い。一階が、自然石の壁やコンクリートの手すりで構成されているのに対して、上層階は、工業製品パネル(アスベストボード)で覆われた白い箱を細い柱が支える。ただ、鉄、コンクリートや自然石に対してアスベストボードは時間に耐えられない素材に思える。近くで見たり、触れたりした感じは今一つだ。

 最後に二階の喫茶で軽い食事をして帰る。客は僕一人で、ちょっと淋しい雰囲気。「寒くてすみません」お店の方も部屋の寒さに困った様子。池側テラスとの間は全面シングルガラスの掃出し窓なので、寒いのも当然。「ペアガラスのサッシに早く改修すれば良いのに」と心の中でつぶやく。〝寒い〟ばっかりに「この美術館は古くてダメな建物」というレッテルを貼られてしまうのが怖い。

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 お金をかけずに、奇をてらわずにこれだけ豊かな空間、質の高い建築をつくることができる。僕の大好きな建築がひとつ増えた。池の工事が終わる5月以降にまた観に来たい。

 

建築名:神奈川県立近代美術館(現神奈川県立近代美術館鎌倉館)

竣工年:1951

設計者:坂倉準三

施工者:馬淵建設

所在地:神奈川県鎌倉市雪の下2153

坂倉準三(さかくらじゅんぞう)・・・建築家。19011969。岐阜県生まれ。東京大学を卒業後、渡仏、193136ル・コルビュジェの下で働き、1940年独立。神奈川県立美術館、羽鳥市庁舎、新宿西口広場等を設計。

 

参考文献・・・『残すべき建築』松隈洋

『新建築 建築ガイドブック』新建築編集部

『神奈川県立近代美術館HP』

 

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