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2013年10月

新国立競技場案

建築家槇文彦さんがJIA機関誌に「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」という文章を発表された。http://www.jia.or.jp/resources/bulletins/000/034/0000034/file/bE2fOwgf.pdf

東京の風致地区第一号に指定され、貴重な都市風景をもつこの地域に計画された施設の巨大さに異を唱える。この文章を読むまで計画の乱暴さに全く気づかなかったが、本当に槇さんの言う通りだと思う。

現在の計画案は国際コンペにより選出されたイギリスのザハ・ハディドによるもの。槇さんが異を唱えるのはコンペ案の良し悪しではなく、「8万人の観客を収容する全天候型施設」を要求するプログラムに対して。28万㎡という床面積は代々木体育館の8倍という。17日間の祭典のためだけではなく、50年後の東京のこの地域にふさわしいスケールと内容をもった施設とするべきだと訴える。5.5万人を収容する施設に2.5万人収容の仮設スタンドを設けること提案している。全天候型である必要もない。ロンドンの場合、本設2.5万人、仮設5.5万人とのこと。

槇文彦さんの論文を受けて、2013年(平成25年)10月11日(金)18:00~20:00に日本青年館 中ホールにてシンポジウムが開かれる。 https://www.facebook.com/events/146766988867251/

市民の知らないうちに計画だけが勝手に進み、都市風景が壊され続ける現状に少しでも歯止めがかかることを祈る。

旧千代田生命本社ビル(目黒区総合庁舎)

 周囲にバルコニーを設け、外側をアルミ合金の鋳物ルーバーで覆った様々なボリュームのビルが池をとり囲むようにコの字型に配置されている。村野藤吾の当初の意図通りコンクリートや金属の冷たさを感じさせない人間的なあたたかみを実現している。50年近くの時を経た今、そのことがより感じられる。

 現在は、目黒区総合庁舎として使われている。安井建築設計事務所によるていねいな改修設計で、2003年に生まれ変わった。多くのよい建物が次々と壊され、巨大なガラスビルにとって代わられ、街が“人間的“とは180度反対方向へ向かっている現代にあって、とても幸せな事例だと思う。このような事例が増えて、街の記憶がていねいに引き継がれていくと街ががぜん楽しくなる。

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建築名:目黒区役所(旧千代田生命ビル)

竣工年:1966

設計者:村野藤吾

施工者:大成建設

所在地:東京都目黒区上目黒2-19-18

村野藤吾(むらのとうご)・・・建築家。18911984。佐賀県生まれ。早稲田大学を卒業後、渡辺節建築事務所を経て、1929年独立。宇部市民館、世界記念平和聖堂、日生劇場等を設計。

参考文献

『新建築 建築ガイドブック』新建築編集部

『有名建築その後』日経アーキテクチュア

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