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2014年6月

ながいきおまめ 店舗工事その3

オーナーの蔵立さんたちと現場にてサンプルを見ながら各仕上げ材を決めていきました。

現場の方は、水道・ガス・電気・空調の各仕込み工事が終わり、本格的に大工仕事が始まりました。間口がやっぱり狭いです。あと10cmでも広ければ・・・、すべてがギリギリの寸法です。

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ながいきおまめ 店舗工事その2

昨日の夕方、「ながいきおまめ」店舗工事現場に打合せを行ってきました。まずは厨房機器等のレイアウトに対して、給排水、ガス配管やコンセント位置に問題ないかの確認です。掃除等の予備用にコンセント追加をお願いしました。

その他、各収まりについて決めていきました。色々細かいことはありますが、おおむね順調です。

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修学院離宮

 ある日の夕方、京都御苑にある宮内庁事務所を訪ねると、翌日分の見学予約ができてしまいました。季節によるのだろうが、平日だと意外と空きがあるようです。叡山電車で出町柳から4駅の修学院駅を降りて、川沿い東の方に二十分ほど歩くと修学院離宮の入口に辿り着きます。

 修学院離宮は、1655,5659年にかけて後水尾上皇(ごみずのおじょうこう)により比叡山麓に造営された。桂離宮に遅れること30年余り。後水尾天皇は34歳で上皇となり、60歳のときに修学院離宮の造営にとりかかったことになる。上・中・下、3つの御茶屋が松並木の道で結ばれ、道の両側には田畑が広がる。松並木と田畑という少し不思議な取り合わせだが、山並みを背景としてとても美しい景観をつくりだす。元あぜ道を明治天皇の御幸に備えて拡張整備し、松が植えられた。景観保持のために昭和39年に水田畑地を買い上げているが、現在も地元の農家の方に耕作してもらっているそうだ。

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 下離宮に唯一残る建物は「寿月観(じゅげつかん)」。杮葺入母屋数寄屋風造りで、周囲に縁が回り、シンプルで美しい。

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 中離宮には楽只軒(らくしけん)と客殿(きゃくでん)の2つの建物がある。客殿には「霞棚(かすみだな)」と呼ばれる違い棚がある。桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚とともに天下の三棚と称される。

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後水尾上皇が最も多くの時間を過ごされたという上離宮の隣雲亭(りんうんてい)からの景色はさすがに素晴らしい。洛北の山々を背景として左手に京都市街を、右手に浴龍池(よくりゅうち)を、見下ろすことができる。とても広がりのある景色で、浴龍池が遠くに感じたが、歩いて降りるとすぐそこだった。隣雲亭は非常に簡素で開放的な建物。やはり後水尾上皇もこういう建物の方が、居心地良かったのではなかろうか。しっくいのたたきには石が一つ、二つ、三つと埋め込まれており「一二三石(ひふみいし)」と呼ばれる。上品できれいな床パターンである。上離宮にあるもう一つの建物「窮すい亭(きゅうすいてい)」は創建当時から現存する唯一のもの。蔀戸(しとみど)が特徴的な宝形造りのモダンなデザインの建物。

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その他個人的に気に入った箇所は、浴龍池にかかる土橋とバラエティに富んだ意匠の各所の門と塀。土橋は、栗の手斧削りの欄干を持ち、その足元に苔の生えた土を設えた凝ったつくりをしている。橋全体も大きく沿って美しいシルエットをつくり出す。土橋もそうだが、苔のついた立体的な地面の造形もなかなか。

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 せっかく近いので、また訪れたいと思う。

 

建築名:修学院離宮(しゅうがくいんりきゅう)

竣工年:1659

設計者:後水尾上皇(ごみずのおじょうこう)

所在地:京都市左京修学院室町

入場料:無料、要事前予約

ながいきおまめ 店舗工事

 なんとか予算に近い金額におさまり、いよいよ惣菜店「ながいきおまめ」の店舗工事が始まりました。7月5日完成予定です。蔵立さん、西洋建設さん、よろしくお願い致します。

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角屋(すみや)

  京都の中央卸売市場の近くにある角屋を見に出かけました。現在は「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されています。一定時間ごとに建物の説明を聞くことができます。二階は事前予約のうえ、別途800円が必要ですが、案内してくれた女性は弁士のように話が上手でとても良かったです。

 角屋は近世揚屋(あげや)建築唯一の遺構。1641年に現在の島原の地に移転し、拡張を重ねて1787年の増築後に現在の規模となる。「揚屋」とは、客を「饗すを業とする也」と定義され、現代の料亭にあたる。置屋(おきや)と呼ばれる店から太夫や芸妓を派遣してもらい客を歓待した。寺院の庫裏と同規模の台所を備える特徴をもつ。揚屋は当初小規模な建物で、一階を台所と住居が占め、二階を座敷としており、お客を二階に揚げることから「揚屋」と呼ばれるようになった。明治以降は「お茶屋」として1985年まで営業していた。島原の花街(かがい)は明治以降、立地の悪さにより徐々に衰退していったという。

 京町家の風情をもつ格子が連続したファサードが目を引く。これだけ長大な連続格子はあまり見たことが無い。端正で美しい。

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 当時の客は、現在閉められている門を抜けると、正面に角屋の家紋「蔓三つ蔦(つるみつつた)」を染めた暖簾をまず目にする。暖簾のかかる中戸口は奥の台所へと通じる従業員用玄関。客は右に折れて左奥の中庭の光に誘われるように玄関へと入る。右奥、中庭の向いが「網代の間」と称する座敷。絶妙な位置の中庭が光と陰のコントラストを際立たせる。中庭の点前を左へ進むと大座敷「松の間」へと通じる。庭には有名な臥龍松があり、当時は江戸からわざわざ見物に訪れる人がいたそうだ。残念ながらその松は枯れてしまい、現在は3本の松で形作っている。

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 部屋ごとに異なるテーマで設えた意匠が粋でこころにくい。二階「緞子(どんす)の間」は、襖が織物の緞子貼り。「翠簾(みす)の間」は、襖に翠簾が描かれている。天井に58枚の扇面が貼られた「扇の間」の華やかさは、圧巻。「馬の間」は、襖に円山応挙の「少年行の図」が描かれている。「青貝(あおがい)の間」の壁には、文字通り青貝が散りばめられている。また、遊び心が溢れる凝りに凝った障子のデザインが素晴らしい。横線と縦波線の桟で構成されて立体的に見える障子には特に驚く。その他引手や釘隠しの意匠も見逃せない。

 

建築名:角屋(すみや)

竣工年:1641

所在地:京都市下京区西新屋敷揚屋町32

入場料:1000円、二階は事前予約の上、別途800円

惣菜店試食会

店舗設計をやっている総菜店「ながいきおまめ」さんの試食会に行ってきました。店名と同じ「ながいきおまめ」というメニューもあります。さすが、料理研究家蔵立悦子さんの料理、どれも優しい味でとてもおいしかったです。普通のスーパーや惣菜店の味とは違う!

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料理のことはよく分からないが、相当手をかけて作られているのだろうと思います。蔵立さん、ごちそうさまでした!
店舗の方は、現在いくつかの工務店さんに見積お願いです。 七月末に北野商店街にオープンします。お店の割引券も頂いて、僕もオープンが待ち遠しいです。

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